『復活』トルストイ

2015/3/26

小説トルストイ 『復活』 冒頭文

 「何十万という人間が一つの小さな場所へ集まり、そこで互いにせり合って、その土地をみにくくしようとどんなに骨を折ったところで、またその地面に何もはやさないようにとどんなに石を敷きつめたところで、また萌え出てくる草を一本残らずたんねんに取りつくしたところで、また石炭や石油でどんなにいぶしたところで、またどんなに木を刈りこんだり、鳥や獣を追っぱらったりしたところで、-春はやっぱり春であった、 都会の中にあってさえも。太陽が暖めると、草はよみがえって、根こそぎにされなかったところならどこでも、並木街の芝生の上ばかりでなく、敷石のあいだからさえ萌えだして、いたるところ青い色を見せてくるし、白樺や、白楊や、みざくらなども、ねばりのある香りたかい若葉を開き、菩提樹ははぜた新芽をふくらましてくるし、鴉や、雀や、鳩なども、春の喜びにみちて、はやくも巣の支度をはじめ、日あたりのいい壁には、蝿がぶんぶんうなっていた。  こうして、植物も鳥類も、昆虫も子供も、みな嬉々として楽しんでいた」(トルストイ『復活』中村白葉訳)

 

 トルストイはキリスト教の教えを小説にした。日本のキリスト信仰作家は曽野綾子、三浦綾子、遠藤周作、有吉佐和子らがいる。利己主義の狡さを洞察し心を揺さぶる作品を執筆して人生観を教えてくれる。

 日本ではキリスト信徒数は人口の1%程度しかいないそうだ。都会では教会は多いが、地方の農村地には教会はなく寺社仏閣が多いので、クリスチャンは1%程度なのかと納得する。キリシタン狩りで普通の人が死をかけても信仰を捨てない力がどこから出てくるのか。冠婚葬祭のとき儀式としてしか係わらない信仰心の薄い自分にも、小説のように自己犠牲ができるのかと責められる。2015.3.26